UNDERGROUND野郎におみ唱える経
 
 

「片山(祐輔被告)も渡邊さんも『無敵の人』だよね」

とニヤニヤ笑いながら自分に言いました。自分は冒頭意見陳述の中で「無敵の人」を「失うものが何もないから罪を犯すことに心理的抵抗のない人間」と定義しました。報道によれば片山被告は同居する母親から「一刻も早く平穏な暮らしを取り戻したい」と言われて、その実現のために予定を早めて真犯人偽装メールを送ったとのことです。このような人物がどうして「無敵の人」に分類されるのか自分にはさっぱり理解できませんでした。面会を終えて居室に戻り、しばらく考えて、

「あの記者は『無敵の人』のちゃんとした定義などどうでもいいんだ。ただ話題になった事件をキャッチーなキーワードで括って、読者を分かったような気にさせる記事を量産したいだけなんだ」

という結論に至り、背筋が寒くなりました。その直後に別のメディアから女性アイドルグループに対する刺傷事件について逮捕直後で事実関係も判然としない状況で犯人を「無敵の人」と断定した上で、自分に見解を求める手紙が届きました。

犯罪の動機も犯人の来歴も十人十色なのは申し上げるまでもありません。犯罪の分析には個別具体的な検証が必要不可欠なはずです。その作業をサポタージュできる便利なキーワードとして「無敵の人」が濫用されることを自分は本気で危惧しています。

「アカメが斬る!」9話感想 敵側に変人新キャラ続々!恋に落ちるエスデス可愛い!! : ポンポコにゅーす

もう1つのネトウヨ化の薬も「不満や怒りを外敵に向けさせる」という昔から存在するやり方です。これには例えばtoggetter民と呼ばれるtwitterでのよろしくない言動をまとめては拡散し、ツイート主を糾弾する活動に血道を上げるようなタイプも含みます。もっと広げれば、事件のニュースを見聞きしてはとにかく極刑や厳罰化を支持するタイプの人です。これの究極的な事例がコンビニや飲食店のバイト従業員がふざけて撮影した写真をネットに載せて、それに殺人犯に対するそれと見紛うばかりの批判と糾弾が殺到したバイトテロ騒動です。自分は、

「少年や若者の重大犯罪が減り過ぎて叩く対象に困って、この社会はとうとうしょぼいイタズラまで重大犯罪扱いして叩くようになったか」

などと思っていました。toggetter民や炎上に糾弾側として参加したがる人は物事のサブスタンスにほとんど興味がないように自分には見受けられます。批判対象にとにかく執拗に「行儀のよさ」ばかりを求めているように思えます。自分には「行儀がよい」ことを即ち「民度が高い」と完全なイコールで考えるこの国の多数派世論がどうしても理解でません。一定の範囲までなら若者のいたずらにも寛容であり、必要ならば行儀悪く振る舞ってでも政府や大企業の横暴に抗議できる人間が多い社会の方がよほどまともだと思えるのです。

「キズナマン」はもちろん「絆」という言葉から作った造語です。「絆」は動物をつなぎ止める綱が語源ですからイメージには合っています。自分は「絆」という言葉が嫌いです。東日本大震災後にやたらとメディア上に氾濫するようになった言葉です。自分はこの氾濫現象に美しいイメージのばらまきで問題山積みの現実と問われるべき責任を糊塗しようとする意図を露骨に感じます。いかにもマーケティングを駆使した大手広告代理店の手法のように自分には思えます。本来の「絆」とはマーケティングの対極に位置するはずのものです。そのような「絆」でさえ大資本の商売に都合よくねじまげられてしまう現状に自分は物凄く腹が立つのです。
すべては、神様が楽しむために起こっている
ことなので、あまり考えすぎないように
(via stilllll)
大事なものは、たいてい面倒くさい

(出典: msmrmusic)

(出典: kazuhiras)

megazal:

IMG_0281 (via shuujou)